こんな話を読みました。
すてきな物語だったので紹介したいと思いました
小学校6年生の運動会の話です
Aちゃんは体力や筋肉が発達しない障害を持っていて走ると人の何倍もかかるために運動会の徒競走ではいつもビリでした
運動会の日、母親はニコニコしながら家をでたのですが、ニコニコしていたので、父親は母親にどうしてそんなにニコニコしているのか聞いたら
母親は「今日は、足を怪我した子がいるからもしかしたらAちゃんはビリじゃないかもしれない」
と話して運動会にでかけました。
運動会から帰ってきたら母親がニコニコしてます。
父親が「楽しそうだけど、Aちゃんやっぱりビリじゃなかったの?」
って聞いたら
「ビリだったよ」と母親は答えました。
でもね。
ヨーイドンで走り出して、他の子供たちが走り出して、Aちゃんよりも
やっぱり足を怪我した子の方が遅かったのですが、足を怪我した子が、途中でころんでしまいました。
Aちゃんは引き返してその子の腕をとって一緒に走り出しました
100m走なんですが、90mのとこまでいったら、Aちゃんは怪我をした子の背中をポンって押して、その子の後からゴールしました
結局はビリだったのですが、もう一度ゴールテープを張り直されて会場からの割れんばかりの大拍手、大歓声に包まれた
って話なんです。
でね、わたしがもっとすごいなって思ったのはAちゃんがいつもとなにも変わらないの
意識をして良い事をしたって感じではないの
ヨーイドンで1位をめざして競争をする世の中になっていませんか?
目標をたててそこを目指して必死に努力するのが良いみたいな
全速で走るから大切なことを見落としているような気がする
競争社会で、今じゃ幼稚園に入るときからそうやって教え込まれているような…
人よりも抜きん出ること、人よりも努力をして結果をだす
それが幸せだと思っていたような気がします
人に勝つという生き方があたり前になっていた気がします
なにが正しくてなにが正しくないかはわかりませんが
心地が良いのはどっちだろう
幸せなのはどっちだろう
自分ができることを他の人のためにする生き方と
努力をして自分を社会の水準というものにあわせようとする生き方
人の喜ぶ顔をみて幸せになる生き方と
人を蹴落としてでも幸せになる生き方…
常識と言われ続けてきたことがもしかしたら苦しみを生み出していたのかも
競争が悪いと言いたいのではありません
ただ他の選択肢もあるんだなって…
人のためになにができるのかなって考えるときのアロマ
ジュニパー
ゼラニウム
バジル
ベルガモット
ラベンダー
レモン
自分とまわりの人の笑顔を増やせる生活って良いよね
必要とされる人と一緒にいると自己否定をしなくて良いよね
あなたがいなくても世界は動くかもしれない
でもあなたがいなくなると生きてることが意味がなくなるくらい
あなたを愛している人がいます
世界は変わらないかもしれない
でも周りの人の人生が変わる
それは世界を少し変えているよね
あなたはとても大切な人です
あなたは意味があって生まれてきました
生きているだけで意味があるんです
あなたとまわりの人の笑顔を増やしてください
あなたに幸せがたくさん降り注ぎますように☆
今回の話は小林正観という方の本から引用させてもらってます
お勧めの本

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